第2回 なぜあなたの肩は動かない?四十肩の原因と痛みの正体
動きの制限はなぜ起こる?肩関節のミステリーを解き明かす
前回、私たちは四十肩(肩関節周囲炎)が単なる肩こりとは違い、関節周りの「炎症」と「可動域の制限」が特徴であること、そして夜間痛という厄介な症状があることを学びました。
しかし、なぜ特定の年齢層にこのような炎症が起きるのでしょうか?そして、なぜ一度痛むと、まるで肩が凍り付いたかのように動かなくなってしまうのでしょうか?
第2回となる今回は、四十肩の原因の考え方と、肩の動きを制限し、激しい痛みを引き起こす病態(痛みの正体)について、肩関節の構造に触れながら詳しく解説していきます。
四十肩の根本原因は、実はまだ謎が多い
まず知っておいていただきたいのは、四十肩は「特発性(とくはつせい)」の疾患に分類されることが多いということです。特発性とは、「原因がはっきりわからない」という意味です。
現代医学をもってしても、なぜ特定の人の肩関節周囲に炎症が起きるのか、その根本原因は断定されていません。しかし、多くの専門家が関連していると考えている要因がいくつかあります。
1. 加齢による組織の「老化」と「変性」
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コラーゲンの変化: 40代以降になると、関節を構成する腱や靱帯、関節包に含まれるコラーゲン線維の弾力性が失われ、硬く、もろくなります。
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血行不良: 加齢に伴い、肩周辺の血液循環が悪化しやすくなります。血流が滞ると、組織の修復が遅れたり、炎症を起こしやすくなったりします。
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微細な損傷の蓄積: 若い頃は回復できていた、日常的な肩の酷使による微細な損傷が、加齢により修復しきれず蓄積し、やがて大きな炎症の引き金になると考えられています。
2. 関節を包む「関節包」の異常
四十肩で最も重要なターゲットとなるのが、肩関節全体を袋状に包んでいる「関節包(かんせつほう)」です。
関節包は、関節を安定させ、関節液(潤滑油のようなもの)を保持する役割があります。四十肩では、この関節包に炎症が起こり、壁がぶ厚く硬くなります(肥厚)。これが進行すると、関節包の内側が周囲の組織とくっついてしまい、「癒着」を引き起こします。
「肩が凍り付く」と表現されるように、この関節包の癒着こそが、腕を上げたり回したりする動きを極端に制限する「拘縮(こうしゅく)」の正体なのです。
3. 運動不足や姿勢の悪さ
長時間のデスクワークなどで肩甲骨や背骨の動きが硬くなっていると、肩関節(肩甲上腕関節)に過度な負担がかかりやすくなります。これも間接的に炎症のリスクを高める要因の一つです。
痛みの正体:肩関節のデリケートな構造
肩関節は、人体で最も大きく、最も可動域の広い関節です。これは、腕の骨(上腕骨)の先端が、肩甲骨の浅い受け皿(関節窩)に乗っているという、非常に不安定でデリケートな構造であるためです。
この不安定さを補い、スムーズで大きな動きを可能にしているのが、以下の重要な組織です。
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腱板(けんばん): 4つの筋肉(棘上筋、棘下筋、小円筋、肩甲下筋)の腱が集まったもので、上腕骨を肩甲骨に引きつけ、安定させています。
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関節包(かんせつほう): 前述の通り、関節を包む袋。特に下や後ろの部分は、腕を上げる時に伸びる必要があります。
四十肩(関節周囲炎)の炎症は、これらの組織全体に広がります。
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炎症の発生(急性期): 関節包や腱板の周囲に炎症が起こると、神経が刺激され、ズキズキとした激しい痛み(急性期)が生じます。
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防御反応と悪循環: 痛みを感じると、体は無意識に肩の筋肉を硬直させて動かさないようにします(防御性収縮)。この安静が長引くことで血流が悪化し、さらに炎症が強まるという悪循環に陥ります。
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拘縮の進行(慢性期): 炎症が落ち着き始めても、動かさない期間が長すぎたことで関節包が硬く、分厚く、癒着し、「拘縮(こうしゅく)」という動きの制限が固定化されてしまいます。
なぜ夜に痛む?「夜間痛」のメカニズム
四十肩の症状で、患者さんが最もつらいと感じるのが、睡眠を妨げるほどの「夜間痛(やかんつう)」です。
これは「日中動かしたから痛む」という単純なものではなく、いくつかの要因が絡み合って発生します。
1. 血行の変化
日中、活動しているときは、腕を動かしたり立ったり座ったりすることで、肩周辺の血液が比較的スムーズに流れています。しかし、夜になり、安静な状態が続くと、活動時に比べて血流が低下します。血流が低下すると、炎症生じた痛み物質(ブラジキニンなど)が患部に滞留しやすくなり、痛みが強くなります。
2. ポジショニングの問題
仰向けや痛い方を下にして横向きに寝ると、肩関節が体幹(胴体)に対して不安定な位置になったり、圧迫されたりします。
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仰向け寝: 肩がベッドの表面より後ろに「落ち込む」ような形になり、硬くなった関節包が過度に伸ばされ、痛みが増します。
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横向き寝: 痛い方の肩を下にして寝ると、体重で関節が圧迫され、炎症部位が刺激されます。
3. 炎症物質と自律神経
夜間は、日中の緊張が解けて副交感神経が優位になりますが、痛みや炎症が強いと、交感神経が活性化し、体が緊張状態に戻ってしまうことも夜間痛を悪化させる原因の一つです。
治療の鍵は「段階」に合わせたアプローチ
四十肩は、発症から治癒まで、おおよそ以下の段階を経て進行します。
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急性期(炎症期): 痛みが最も強い時期。夜間痛が顕著。
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慢性期(拘縮期): 痛みは落ち着くが、肩の動きが固まり、可動域が制限される時期。
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回復期(融解期): 拘縮が少しずつ改善し、可動域が戻ってくる時期。
この炎症と痛みのメカニズムを理解することが、適切な治療への鍵となります。
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急性期には、まず炎症と痛みを鎮めることが最優先。
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慢性期に入ったら、痛みを恐れず硬くなった関節を少しずつ動かす(リハビリ)ことが最優先になります。
次回は、最もつらい「急性期」を乗り切るための具体的な対処法や、痛みを和らげ、悪化を防ぐ方法について詳しく解説します。







